ストーリー 北洋軍閥時代。 一人の娼婦が子供を抱き、京劇一座の門をくぐる。 「あとはどうしようと、あなた方の勝手です」 子供本人の目の前で、そう言って媚びる母親。 指が1本多い事を理由に断れると、 母は自ら、刃物をもってそれを切断する。 泣き叫ぶ子供の声が胸に突き刺さる。 決して子供が可愛くないわけじゃない、憎いわけじゃない。 道端で筵に包まれ、冷たくなった足が写る。 貧しさゆえ、母は身を売り、育てられなくなった子を、 厳しい修行を架せられると分かっている一座に置き去りにする。 一座は、みんな似たような境遇で集まった子ばかりだ。 その中で、有名な役者になる為、 日々、まさに血の滲むような努力をしている。 そんな場所で、その子供‥小豆は、母に代わる保護者、 自分を庇ってくれる兄、石頭を慕い始める。 それは当然の成り行きだった。 小豆は女形として育てられ、 劇団員としてデビューした屋敷では、そこの主に乱暴される。 しかし座長にまで「運命に逆らうな」と言われ、諦める小豆。 その帰り道、捨てられている赤子を拾う。 ★ やがて時は経ち、小豆は程蝶衣、石頭は段小樓と名乗るようになり、 2人は人気のある、京劇俳優にのし上がる。 次第に、芝居と現実の区別がつかなくていく蝶衣。 青年となった2人だが、蝶衣の小樓への愛は、移ろうどころか、増す一方だ。 「死ぬまで一緒に歌い続けよう」 「一年、一月、一日、一秒、離れていたくない」 堰を切ったように、涙ながらにすがって訴える蝶衣。 これこそが彼の只1つの望み。 しかし小樓にはそれが分からない。 自分が蝶衣の愛の対象になっているのを知っていながら、 小樓は、遊女「菊仙」の元に通う。 そして彼女との結婚。 その日、初めて蝶衣は、自分の意志でユアン卿の元に行き、 心にもない関係を結んでしまう。 その屋敷で、長年探し求めていた、小樓との思い出の刀を見つける。 その刀を初めて手にした時、石頭はこう言っていた。 「こんな刀があれば、楚王は漢王を殺し、お前を妃に据えたのに」 ユアン卿の家からの帰り、婚約で盛り上がっている小樓の家に寄り、 最後の鍵として、思い出の刀を渡す。 しかし小樓は何も思い出さない。 石頭の言った言葉は、蝶衣の中だけで、疼き続ける。 蝶衣は絶望し、もう同じ舞台には立たないと、決別を宣言した。 奇しくも時代は、激しい勢いでうねり、流れて、2人を飲み込もうとしていた。 ★ 日本軍が中国を侵略し、町には日の丸が翻る。 そんな中でも、艶やかに踊ってみせる蝶衣。 その舞を日本軍にも気に入られ、 捕らわれた小樓を助ける代わりに、 招待された座敷でも舞うように要請される。 しかしそうして出獄させた小樓に、 「裏切り者」とばかりに、唾を吐きかけられてしまう。 ショックを受ける蝶衣。 そんな彼をよそに、小樓は菊仙と結婚してしまう。 自棄を起こした蝶衣は、またユアン卿の屋敷に訪れ、 愛のない関係を、さらに深めた。 菊仙は小樓に、 「普通の人間らしい暮らしをしましょう」と、 芝居を捨てるように言う。 その言葉のまま、京劇界から去る小樓。 蝶衣はその事実に耐え切れず、アヘンに逃げる。 しかし小樓は、芝居なしには生きていけない男だった。 毎日ただ、虫の世話だけをして明け暮らし、菊仙を困らせる。 そんな時、彼らに京劇を教え込んだ師匠から、2人は呼び出しを受ける。 その場に菊仙も現れ、自分が妊娠している事を告げる。驚く二人。 師匠に昔同様殴られ、2人はまた、一緒に京劇を始めたのだった。 ★ 日本が戦争に負け、蒋介石が率いる国民党が町を支配する。 そんな中、師匠が亡くなり、 2人は、昔拾った赤子、小四と再会する。 役者になりたがっている彼を、蝶衣が引き取り、育てる。 そんな時、国民党が劇場に押しかけ、喧嘩が起こる。 小樓が止めに入るが、それだけでは到底収まらず、 蝶衣を庇って、団員全員が喧嘩に巻き込まれる。 その騒ぎの中に、臨月間近の菊仙も飛び出していき、流産してしまう。 国民党は蝶衣に、日本軍の前で舞った事を責め寄り、 「国売奴」と、彼を法廷に狩り出す。 流産した菊仙は、子供を失った原因は蝶衣だと決め付け、 小樓に「蝶衣とは縁を切って欲しい」と頼む。 しかし、ひとまず蝶衣を無罪にする為に、2人はユアン卿に助けを求める。 しかし小樓からの、絶縁を告げる手紙を読んだ蝶衣は、 無罪を主張せず、自分を殺せと喚く。 判定は保留、仮釈放となるが、蝶衣はますますアヘンに溺れていく。 そして小樓は、舞台を再び去る。 ★ しかしそんな彼らを、周囲の人間は放っておかない。 数年経ち、また2人は舞台に立つ事になる。 アヘンを断つ為、小樓と菊仙が甲斐甲斐しく世話を焼き、 蝶衣は、ようやくアヘンから抜け出す。 しかし今度は小四が、新たな支配思想、共産党にハマり、 蝶衣との間に亀裂が入り出す。 小四が打ち出す、新しい現代劇に賛成しかねる蝶衣。 そんな蝶衣を恨み、京劇そのものを改革しようとする小四。 虞姫の役も奪われ、蝶衣は芝居を辞めてしまう。 ★ それからさらに数年経ち、文化大革命が始まる。 その中で、京劇界そのものが弾圧される。 糾弾された小樓が、民衆の前で蝶衣の犯した罪を暴き、 その言葉に傷ついた蝶衣が小樓をなじり、 菊仙がもと遊女であった事を暴露する。 共産党員に、菊仙を愛しているのかと問いただされた小樓は、 その場の雰囲気に飲まれ、「彼女など愛していない」と答えてしまう。 その言葉に愕然とした菊仙は、自宅で首を吊る。 ★ そして11年後。 蝶衣と小樓は、人気のない舞台で、稽古をしている。 「年を取ったな」と、声が続かない小樓の視線の先には、 容貌の衰えを、全く感じさせない蝶衣がいた。 愛しげに小樓を見つめ、微笑む蝶衣。 そんな蝶衣に向かって、小樓は懐かしいセリフを紡ぐ。 「私は男、女ではない」 幼い頃と同じ間違いをしてしまう蝶衣。 そしてその言葉に少し考え込む。 しかしまたすぐに優しい微笑みを浮かべ、稽古の続きを急かす蝶衣。 小樓が背を向けた瞬間、蝶衣は、彼の差している刀を引き抜く。 そしてその剣で、自らの喉を突き、倒れる。 小樓は驚いて振り返り、もう誰も聞いていない、蝶衣の名を叫ぶ。 そして最後に「小豆」と‥。
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